カテゴリー「二代目 南雲海人ことパンク五十嵐」の記事

2019年6月 1日 (土)

学習強国

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キョウサントウやシュウキンペイの思想を学ぶアプリだそうだ。我が大学でもこのアプリをダウンロードするようにと教員たちに(外国人を除く)お達しがあったらしい。ますます不気味な国へと突き進んでいる。

しかし、一般の人民たちは違う。写真のオッちゃんは電化製品以外なら全て修理してくれる、何でも屋だ。

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これまでも何度かお世話になっており、今日は鞄のファスナー交換をお願いした。オッちゃんは頼んでいない部分までしっかり直してくれて代金は20元(320円)。彼は数年前まで日系の革製品工場に勤めたあと最近独立したとのこと。「日本の技術を学んで、それが今役に立っている」と言ってくれた。

我が大学には卒業後、日本の大学院に進学する学生や日本国内で就職する学生も少なくない。理系大学であるから日本国内の大学院進学や就職もしやすいのだそうだ。日系企業で働く中国人、中国人留学生と聞くと、「技術の奪略」「スパイ活動」と騒ぎ立てる連中もいるが、少なくともオレが知る人民たちには、それを目的として日本と関わろうとする人間はいない。彼らは、純粋に日本から様々なことを学びたいと思っているだけなんだ。

町中では、人民たちから「リーベン(中国語で「日本」という意味である)」という単語もよく耳にする。「リーベン」と聞くと、人民たちが日本のどんな話題について話しているのか、つい耳を傾けてしまう。それらは日本に対して好意的であることが殆どだ。

いいかい?確かにこの国の領土侵犯、シュウキョウ弾圧にはうんざりする。日本にも中国キョウサントウのスパイはいるだろう。だが、一般の人民は違うということだ。偏見を捨て、もう少し彼ら一般人民と友好的に接してもいいんじゃないか?権力、差別は敵だが、オレには人種も宗教も関係ない。それがPunkってもんさ。

さて、大連もようやくビールの季節になった。

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こちらの青島啤酒(ビール)は6缶で29元(450円)。大連生活も残り1カ月になった。啤酒&下半身生活を存分に楽しむことにするぜ。

ところで、初代南雲海人はバンコクに戻りムエタイジムに通い始めたらしい。腰痛も改善して体調もいいらしい、が、いいかい、初代!いくら年齢はただの数字に過ぎないといっても、若い頃のような無茶はいけないぜ。また、どこかで落ち合って「それなりに」暴れようぜ。

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2019年5月24日 (金)

马上就要离开大连了(残り1カ月ほどで大連を離れることになった)

大連は日本人からも割合住みやすいところだと言われている。日本食店が多く、日本語人材の層も厚い。地下鉄では日本語による車内放送もあるほどだ。大連市内を走るトラムは、日本の戦前の車両も現役で使われているらしい。

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また、大連は海鮮が豊富で、日本と同じようなものが簡単に手に入る。

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こちらの「雲丹」は4つで40元(600円)ほどであった。

大阪で修業をしたというたこ焼き屋は9個入りで10元(150円)。

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さんざん通った小籠包屋もビールのお供に最高だった。

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ビールと小籠包で20元(300円)である。何より、大連は、下半身規制の厳しい広東に比べ「裏サウナ」が比較的オープンだったのも世界の下半身旅を続けるオレにはありがたかった。しかし、残念なことも多い。まず、下品な音を鳴らし、道端に勢いよく痰を吐く輩を毎日何度も目にする。若い女でも痰を吐く姿を見たこともあるし、手鼻をかむオッサンも多い。

更に喫煙者のマナーの悪さにもがっかりさせられる。建物内でもタバコをプカプカ吸うヤツらが多くそこら中がヤニ臭い。喫煙をオッサンから若い連中までカッコいいことだと勘違いしているようだ。

広東よりも根はいいヤツが多いが、連中の下品な行動にはうんざりさせられる。Punkの敵といえば、これまで権力、差別、暴力であったが、この下品な行動も立派な敵になりそうだ。それが大連を去ることを決めた大きな要因だ。

 さて、先日は用事があって河南省の鄭州という町まで散歩に行ってきた。iphone製造工場の都市としてもよく知られていた町である。また、近年はシルクロードの起点都市ということから「一帯一路」構想で注目されているそうだ。

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とはいえ、沿岸部に比べればはるかに遅れ貧富の差が激しい。飯も不味く、内陸都市の為、町全体が埃っぽい。

鄭州市のシンボルもこれだそうだ。

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更に、当局による監視が厳しいため、詳細は控えるが、ムスリムが多く暮らす鄭州でも「シュウキョウ弾圧」「漢民族ドウカ政策」が進んでいた。

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しかし、鄭州人民たちは、人懐こく好感が持てた。大連人よりも気取らず素朴な感じが心地いい。

ちなみに、こちらは鄭州で有名な連れ込み宿だそうだ。

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部屋代60元(900円)、サービス料金200元(300/1時間)から遊べるとのこと。しかし、女性たちは厚化粧のおばちゃんしかいないから要注意である。保証できるのは人懐こさとベテランのテクニックだけだろう。やはり、都市部で下半身遊びをするなら、広東、上海>大連>内陸になる。

いいかい、下半身を調査すれば、その町の経済、発展状況もよく知ることができるというわけさ。

ところで初代南雲海人は台湾の高雄に47年ぶりに訪ねたそうだ。オレも高雄に住んだことがある。高雄では人間関係で嫌なことは一度もなかった。物価も台北に比べ安く住みやすい。初代のことだ、いろんな人たちとの出逢いを楽しんでいるに違いない。

 

 

 

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2019年4月21日 (日)

丹東

大連から高速鉄道で2時間ほど。丹東という中朝国境の町がある。
丹東駅に着くと、巨大毛沢東像が出迎えてくれた。

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駅から徒歩数分圏内には朝鮮族の暮らすストリートや中朝国境を流れる鴨緑江という川がある。

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(朝鮮族ストリート)

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向こう岸は北朝鮮の新義州市という町だそうだ。
両国を結ぶ橋には、トラックや観光バスも行き来している。

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丹東郊外には万里の長城の東端部分の「虎山長城」という遺構がある。

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中国人観光客が多数訪れていた。明の時代に造られたものらしいが、地元民曰く、それらの殆どは十数年前に建てられたつくりものなんだそうだ。

ここ数年、丹東では日本人も含む数名の外国人がスパイ容疑で拘束され実刑も喰らっている。
今年の初めに丹東で拘束されたカナダ人は死刑判決を受けた(覚醒剤密輸の疑いもあった)。
しかし、訪れてみればごく普通の観光地だった。
中国人民たちが、北朝鮮をバックに記念撮影をしていたので、オレも観光客らしいことをしてみることにした。

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丹東と聞くと日本では物騒なニュースも多いが目立った行動でもしなければ無問題だろう。
「経済発展著しい丹東に比べて、対岸の北朝鮮は…経済発展もなく寂れた様子だ」
こんな記事や話を聞いたりした。ところが、実際に丹東の町を散策してみると中国側も十分に寂れていた。
平日の晴れた昼間だというのに地元民が全く歩いていない。中国でも大人気のStarbucksもガラガラだった。

さて、中国に戻り1カ月半が過ぎた。模範市民として仮面生活してきた疲れがたまった。
そこで、ウラジオストクを再訪することにした。ロシアも中国も同じドクサイ国家だがロシアの方はまだPunkに寛容な国でもある。
前回のウラジオストックでは全くロシア語が話せず散々だったが、今回はロシア語を少し学んで訪れることにした。
なぜ、ロシア語を勉強してるのかって?オレは世界の下半身を股にかける旅人でもあるからさ。

それじゃ、希望大家也过好的休息日(みんなも良い連休を)!

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2019年4月 7日 (日)

我回到中国了(中国に戻ってきた)

このようなプロパガンダ看板を目にすると、中国に戻ってきたことを実感させられる。

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先日、学内で中国語によるスピーチ大会があった。そのスピーチ大会で、ある女子学生が「愛国心」「強い祖国」を繰り返し使っていた。別の学生は、昨年のファーウェイCFO逮捕ニュースを受け「なあ、みんな、カナダはアメリカの犬だよな?」と自信のSNSに投稿していた。また、スマホの待ち受け画面をシューキンペイにしている学生もいる。色々な否定的な中国をささやかれているがキョウサントウによるイットウドクサイ体制はまだまだ安泰であると言えるのではないだろうか。

さて、先週は腸炎になってしまい、1週間ほど寝込むことになった。中国の病院は郊外にあって行くまでが面倒なのだが、今回は2日休んでも改善されないので、病院へ行くことにした。
病院は今にも潰れそうな超オンボロ国立病院で、受付とナースの態度は最悪だ。しかし、診察室に入ると、休憩中の医者はカーテンを閉め、お菓子をこっそりつまみ食いしていた。医者だけは陽気で親切なオヤジであった
「二~ハオ、二~ハオ」医者はばつが悪そうに笑いながら出てきた。

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医者はオレが日本人だとわかると翻訳アプリを使って熱心に説明をしてくれた。
この薬を飲んで、もう2~3日様子を見てくれとのこと。

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体調はかなりましになったがギャルと遊ぶ気にはまだなれない。脂っこい中華料理も体が受け付けない。
しかし、この腸炎で体重が3.5キロ落ちた。日本滞在で太った分が落ちた。ある意味ダイエットにはなったというわけだ。
転んでもただでは起きない精神。Punkは何事にも前向きなのさ。

ところで、初代もインドで風邪をこじらせたらしい。微熱と鼻水が続き辛かったそうだ。
それでも日本の隠遁地に戻りゴルフを楽しんでいる。人生を楽しむには、健康体でなければならない。
もっとも健康体だけでPunk精神が錆びついたら、そいつは生きる屍だ。
いいかい、人生は行動さ。そいつができなくなったときくたばるだけさ(^^)。

 

 

 

 

 

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2019年2月23日 (土)

我回到日本了(日本に帰国)

この冬は東南アジア、極東ロシア、中欧で過ごした。
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(チェコプラハ旧市街の町並み)

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2019年1月30日 (水)

我在哈尔滨

中国はハルビンに来た。
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新年快楽!

1月は中国大連から、雲南省、ラオス、タイへと南下し、バンコクで新年会だった。
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出発する直前まで初代たちと深夜食堂で飲んだくれていた。

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2018年12月29日 (土)

大連的冬天太冷了(大連の冬は寒すぎるぜ)

大連の冬は南国生活を続けてきたオレには耐えられない寒さだ。
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2018年12月 8日 (土)

冬天来了(冬がやってきた)

今日の大連は、最高-4℃、最低-10℃だった。
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2018年11月17日 (土)

天气渐渐变冷了(寒くなってきたぜ)

現在、大連の気温は‐1℃である。
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