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2019年9月21日 (土)

dignified

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タイトルは「凛」の英訳だが、この文字は漢字の方がしっくりくる^_^。

わが祖父は60歳で他界した。胃癌による吐血があって救急車で運ばれニュースになった。俺は小学5年生だった。祖父は無口で笑った顔を見た事がなく子供の俺には近寄りがったが、老人とはそういうものだと思っていた。
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(写真はわが祖父である)
近頃の高齢者が(お爺ちゃんになってもお婆ちゃんになっても青春。いつまでも恋していたいですねえ)などと話す。わが祖父はこのような老人たちとは最も遠いところにいた。その遠いところにが「孤高」である。この孤高だが「lone wolf」(一匹オオカミ)とも訳す。
わが最近の日常はバンコクでムエタイジムに通い体力をつけ巡礼の1人旅に出る。
1人であるから出逢いと別れを繰り返す。するとなにがしの物語が生まれるのである。群れていればこうはいかない。何度も書くが老人は孤独が似合うのである。つまり、周りに媚びず連帯を求めず孤立を恐れず。この、たるみのない精神が人を凛とさせるのである。このように書くのは自分自身を鼓舞することでもある。年齢はただの数字に過ぎないが、思考というものには年輪が刻まれていくようで、ガキの頃には全く考えることもなかったテーマを掘り下げたりする。そして結論を導き出してしまうのであるが、その結論が正しいのかどうか検証するために仏教や哲学を紐解く。このような作業が人生の中における時間が増えてくると、人と話す時間に意味を見出せなくなってきた。また、興味のない話を聞かされるのは拷問に等しい。沈黙は金とはよく言えている^_^。
ガキの頃、目的に向かっての角度が少しずれただけで、進んで行けば結果は大きくはずれるが、この歳になると少しずれたところで進む先の時間や距離が短いから結果は大して変わらない^_^。だから群れるような連中の話など一切聞かず無視することにしてる。これを頑固というのであろう。頑固にも困った意固地な頑固もあれば、正しい頑固もある。正しい頑固は凛としている。
この先、どうするのか、どうなるのか、さっぱり分からない。分からないから人生はおもしろいのだが、何かヒントがあってもいいもんだ。 まあ、それを求め巡礼の旅があるのかも知れない。
さて、巡礼先はベトナムである。🇻🇳ホーチミン市とはドイモイ後から何度も取材で訪れた相性のいい街だ。小さい座り心地の悪い椅子に座ってビールを飲んで春巻き。そしてバンコクで知り合ったベトナムのムエタイ選手が運営しているジムに通ってみるか。

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