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2019年8月 7日 (水)

first experience

Hawaiit
初めて体験した事はいまでもよく覚えている。
(写真は単独飛行記念としてTシャツを切り取られ掲示板に貼られる\(^o^)/)

このソロフライトだが管制塔からミミ教官(白人女性30代)がラジオで指示を出す。それに従いこれまで習ったことを実行に移すだけだが、機内は1人である。心細い。taxiway(誘導路)からranway(滑走路)に出るとミミ教官が「immediately takeoff」と命じた。スロットル全開。愛機チェロキーは速度を上げる。機体があっという間に浮き上がる。いつもは2人か3人乗っているので滑走時間は長い。ノーズダウンして加速。操縦桿(自動車と同じようなハンドルである)を手前引くと機体は上昇する。オレは高所恐怖症である。しかし飛行機は好きだ。ガキの頃はプラモデルで第二次大戦で活躍した戦闘機ばかり組み立てていた。
さて、わが飛行機はチェロキー型で主翼は操縦席の下でプロペラ戦闘機と同じスタイルだが馬力が全く違う。ちなみにセスナは操縦席の上に主翼がある。飛行場上空を左りに旋回。アドレナリンが出てハイな気分になる。しかし、やがて降りなければならない。着陸である。これも教わった通りにon-finalから直進。フラップを出してスロットルを緩め速度ダウン。飛行機は向かい風に向かいtakeoffとlanding(着陸)をする。滑走路そばには緑赤白の誘導灯がある。これらの色で着陸角度を確認するのである。着陸する瞬間ちょいノーズアップ。滑走路と機体の間にエアーエフェクト(空気抵抗)ができる。ランディングはスムーズだった。ラジオから「congrtulation」とミミ教官。こうして写真のTシャツが出来上たのである。しかし、単独飛行に慣れてホノルルーモロカイーラナイーハワイ島のソロフライトをする頃になると機内でパカを吸い、眼下にヨットを発見すると低空飛行でその周囲を旋回して両翼を振って挨拶、長時間の操縦は退屈だったのフォワードスリップ(急降下ぽいもの)で遊んだ。ソロフライトでの(感動も素直さ慎重さも)いつしか(変質して傲慢になった)のである。

Img_2604
(写真はLangkawiからPhuketまでのノンストップ初航海。ルーク君がキャプテンを務めてくれてビールにワインを飲みながら愉快な航海だったが、到着寸前でエンジン停止、錨故障で漂流の危機。他船に曳航され無事着岸)
話を変える。
初恋の相手は三姉妹の次女であった。初めて会ったのは阪神デパート前。一目惚れした感動を初めて味わった。会話も自分に素直にだった。初セックスは親父から借りたコロナ2ドアでドライブ。その車内だった。記憶にあるのは彼女からの出血で驚いた。あそこが切れたと思ったのである。病院に行こう、と慌てた。彼女はおいらを見つめて一言。「あほ」。
男女間で大切なものは相互尊重と思いやりだ。
いまではこのように素直に言ってのけるが、ガキの頃は違った。気づかないうちに彼女を思い通りにするようになった。傲慢である。そして6年目。ローリング・ストーンズ初公演になるはずの年だった。おいらは失恋した。
そのあとも付き合った女性たちとは同じことの繰り返しだった。傲慢さに磨きがかかり\(^o^)/試されることはない、試すのはこっちだ、などと横柄になる。初小説「コカイン」には(女は敵だ)と書いた。
初心忘れべからず、というのはいかに(初心は忘れやすい)ものだということである。こうして過去を振り返ると、自分の愚かさがよく分かる、が、いまさら気づいても手遅れだ\(^o^)/。

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(写真は海図。GPSもあるが故障もある。そこで決めた時間おきに自船の位置を確かめる。自分の勘はあてにならない)
人生航路にもしっかりした地図があれば全く違った生き方があったのではないか、とも思うが、思ったところで元に戻れないから、こうして書きながら昔を懐かしむ。しかし、肝要なことは過去に生きてはいけないことだ。人生は初めての体験を重ねていくところに妙味(好奇心)があるのではないか。これからも巡礼の旅先での出会いや愉快なこと困ったことを体験していきたいと思うのであります。

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