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2019年4月16日 (火)

hay fever or fever of love

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隠遁地に戻ると毎朝鼻水が垂れ熱っぽくなる。
(写真は南インド.コバラムビーチ。無職単独世界徘徊老人の憩いの海辺です)

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しかし、ゴルフ場ではそのような(鼻炎?!)症状は出ない。実に爽快な気分でプレーを楽しめるのだ。では、どこに原因が在るのであろうか。部屋かもしれない。いわいるハウスダストかも。なにしろこの物件を購入した1年前からここで暮らしたのは2−3ヶ月である。地方都市暮らしも初めてだ。慣れない土地のストレスも関係しているのかもしれない。それとも眉山おろしの冷たい風による温暖差アレルギーか。どちらにしても南国ライフで体質が変わったのだろう。
毎朝掃除をしているのだが、モーニングアタックに襲われている。こうしてブログを更新していてキーボードに鼻水が落ちる。落合信彦だったか原稿用紙を編集者に渡したとき、用紙のシミを「これは私の涙の跡だ」と申したそうだ。ナルシズムだがRolling Stonesのような連中は何をしてもカッコよく映えるが、シークレットブーツを履くようなおっさんのナルシズムはコンプレックスを吐露するだけだ(^^)。
話がそれた。
隠遁地にいるあいだのカテゴリーは「女たち」にしたので、今日も女について書く。随分と昔のことである。恋に落ちた。わが恋というのは「一目惚れ」が基本(^^)だ。ある女は(出会い頭の事故)と形容した。恋には落語「崇徳院」のような(恋煩い)もある。
わが初恋はこれに似たような症状が出た。寝ても覚めても彼女のことが頭から離れずついには心が痛くなった。そのうち本当の病になったのである。病だが切れ痔である(^^)。初めて切れたケツの痛さは大したもので歩くと痛さが脳天まで響く。そこで彼女に電話をした。落ち会う約束があったからだ。「病気で行けない」と伝えると、病気という言葉に驚いたのだろう、見舞いに行くとの返事。2度目の来訪である。1度目は母に紹介した時だ。母は彼女をひと目見て気に入った。第一印象が好き嫌いの基準になるのは母親譲りであろう。
さて、彼女が来たので急いでベッドに伏せた。母はわが高校時代の家庭教師(関学のヨット部)に出したものと同じ紅茶とケーキ(フジローズのスイーツ)を部屋に持ってきてポツリ。
「こいつの病気、ゆうても切れ痔やさかい」
これは普段ゆうことをきかない息子への母の意地悪な復讐である。彼女は18歳。「キレジなんや」「男がちょっとおしり切れたからゆうて、情けないわ」「ほんまですね」母と彼女はおれを見捨てお互いの顔を見合わせてゲラゲラ笑った。連中は切れたケツの痛みを知らないのだ。(笑うがいい、お前たちも切れ痔になったときには笑い返してやる)。このときオレは19歳になったばかりで切れ痔は恥ずかしい。母は、ざまあ、みくされ、得意げな表情をオレに投げつけたあと「ほな、ごゆっくり」と彼女には優しく微笑んで部屋からやっと出ていった。
二人きりになると彼女はボク(当時はボクと表現していた(^^))の顔を覗き込んで「痛いの?」というから、ボクは同情をされるべく物凄く痛いとか細い声で応じた。彼女は「かわいそうに」とボクのおでこあたりをさすった。当時の二人はアナルセックスなどという単語は知らない。この後、数ヶ月して彼女が処女だったことが判明するのだが、その話はまたの機会に(^^)。
さて、ボクは彼女のおでこあたりに置かれた手を握り彼女を引き寄せると、彼女は目を閉じた。そして初めて唇を重ねたのであった。このとき彼女のからだを抱きしめていたのだが、逆に不思議な親愛感に抱擁されたのであった。

断捨離には写真が在る。そんな写真のなかに彼女の顔が出てくるだけで半世紀を過ぎた今でも容易に感情移入してしまうのである。写真の持つ説得力というものであろう。

ところで、二代目Punk五十嵐から、タバコはキスするときに臭いますから、あれで萎えてしまいます、と書き送ってきた。彼は1997年海南島で禁煙した。今ではホテルの喫煙部屋などに通されると吐き気がして眠れないそうだ。

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