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2019年4月10日 (水)

she make me real

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夢だが現実よりリアルな時がある。

学生の頃、夢を大学ノートに書き留めていた。当時、読んでいたフロイト「夢判断」の影響があったからだろう。夢だが「記憶の反乱」だそうで、無意識だが統合性があり「無意識による自己表現」だとか。つまり意識的に制限されている(法律や性欲)からの「本能の反乱」でもある。それが殺人やセックスシーンなどが夢で表現される。夢は意識しないで見る幻覚だ。幻覚だが現実を支配したとき猟奇的殺人を起こす。その動機は「神のお告げ」であったとなる。夢が現実を規定し、それを確信すると「狂気」と化す。
学生時代LSD(幻覚剤)が容易に入手できた。
アメリカでは1967年まで合法的に販売されていたからだ。LSDだがイギリスでサイケデリック音楽となって表現された。幻覚にも正しいものと間違った幻覚がある。ピンク・フロイドは今も好きなバンドである。LSDをキメてピンク・フロイドを聞くとぶっ飛んでしまう(^^)。数年前ゴアに滞在したときイスラム系のプッシャーからLSDをゲットしたが、幻覚はほとんど現れなかった。時代が変わったのかしてLSDの成分も変わったのだろう。
話がそれた。
いつからか読みたい本がなくなった。そこで昔読んだものを再読している。これと同じように夢も昔見たことがある夢が再現されるのである。これは奇妙なもので(夢の中で夢を見ている)のである。それらの夢のなかの夢は過去に実際経験したことがベースになっているのだが、夢の中の自分が夢を見て、これは夢だよな、とつぶやく。そんな夢を見ている。つまり3重構造のように寝ている自分(リアル)が夢を見る、その夢の中の自分が夢を見るのだ。この夢の奥にある夢は現実のように思われ、目が覚めてからしばらく(ここはどこ、自分は誰)状態で錯乱しているのである。
このような錯乱をもたらす夢は「女たち」である。
夢の夢の中に現れた女から映画「四谷怪談」主演の天知茂のような気分にさせられるときもある。もちろんお岩さんを殺害したことはないのだが。どうやら夢の中の自分は女たちから恨まれているのではないかと目覚めると背筋が冷たくなる(^^)
わが人生は主義思想や宗教で変わらなかったが「女」で変わった。
ドラッグでは人生を解き明かせはしなかったが、女では人生とは何かを学んだ。つまり生身の女から現実(リアル)を思い知らされたのである。
現実というのは容赦がない。容赦がないぶん喜怒哀楽が共振する。喜と楽は愉快だが、怒りと哀しみはイヤなものだ。女たちから学んだのは、このイヤなものになる。なぜ怒ったのか、なぜ哀しむことになったのか。女たちが反響板になり過去の自分に響き返り自分を顧みる。顧みると恥入ることばかりが蘇り自己嫌悪に陥る。これでは、あかん。そこで意識的に「喜と楽」を過去から引っ張り出すのである。すると、ふむふむ愉快だったなあと悦に入る。
悦に入るのは恋である。人生で恋ほど素晴らしいものはない。だからといって恋は次から次にトントン拍子と出来るものではない。恋には「ランク」があるのかして、失恋によって自殺すらするような恋もある。ゲーテの「若きウェルテル の悩み」を見よ!またライトな恋もあれば行きずりの恋もある。どのような恋であれ恋している間は至福な気分でいられるのだ。
これまで恋した相手と夢の中の夢で会う。
「お恨み申し上げます」と言われたり「いまも大好きよ」なんてのろけられたりする。どうであれ、いまの自分がこうして在るのは彼女たちのおかげである。それはタイトルに書いたように「she make me real」ということだ。これまでどのようなカタチであれ出会った彼女たちに感謝したい。それは何度も書くが「神の摂理」(縁)である。最近は縁が薄くなったようで恋からは随分と遠いいところをうろついている。まあ、それも「巡礼の旅」だと思えばいいか(^^)。

ところで、二代目Punk五十嵐はこの夏赴任先である大連を去るらしい。冷えたビールを美味しく飲めるところに移動するそうだ。そこでまた落合飲んだくれたいものだ。
さて、おいらは隠遁ライフ中だが1週間で飽きた。ルーフガーデンの塗装などこなして、また旅だ。

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