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2019年3月26日 (火)

My India 2

 

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バラナシはわが「巡礼の旅」の目的地の1つであった。

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四半世紀前のバラナシ。雨が降ると道路は冠水。牛や犬の糞がガンジスに流れ込んでウンコ川になった(^^)。
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(写真はコバラムビーチ、ここは3度目になる。アーユルヴェーダでカラダをほぐしビールの日々を送る、お気に入りのビーチである)

四半世紀ほど前に訪れたインドは同志サージンと2人でニューデリーに降り立った。インドは2度目だった。1度目から2度目まで10数年過ぎている。この2度目のインドはサジーンと行き当たりばったりの旅になったのである^_^。
ニューデリーの5月は暑い。
市内観光で訪れたヒンズー寺院は靴を脱いで参拝する。しかし、床の大理石が日焼けして熱い。ぴょんぴょんと足を跳ね上げないと火傷いしそうなほど熱いのだ。そこで避暑地に向かうことにした。それがスリナガールであった。ここを選んだのは旅行代理店のオヤジがイスラム教徒だったからだった。オヤジはスリナガールの現状を正直に話してくれた。
「現地は紛争地だが、君たちは安全だ。保証する。ホテルはインド軍に占領されているがボートハウスは大丈夫だ。私の知り合いがやっている。彼らは観光客が来なくなって生活が苦しんだ、是非使ってやって欲しい」
現地はオヤジが言った通りホテルはインド軍が占拠しているし、道路や橋には検問場が設置されてパスポートチェックを受けたが、日本のパスポートを見るとインド軍人は笑顔を作った。ボートハウスから迎えが来る。するとインド軍人から笑顔が消えた。湖をシカラと呼ばれる手漕ぎの小舟で観光したとき、漕ぎ手の爺さんが同志である彼女の名前を尋ねた。同志がサチコと答えるとオヤジは(それはいかん、これからはサジーンとなるように、)と厳かに命名したのである。この時の話は著書「散歩する象」(双葉社)に書いた。
このあと、わが人生で最も印象に残るバス旅行をすることになる。それは一泊二日のスリナガールからラダック地方のレーに向かうことであった。レーのあとマナリーやクルなどを経てバラナシにたどり着いた。ここで出会った日刊スポーツの内山さんとはン年後に「世界の下半身」を連載させられることになる。何度も書くが出逢いは神の摂理という他ない。このようなこともありバラナシは引退した後にもう一度訪れたいと思っていたのである。

さて、今回のインドは7か8度目になるだろうか。この次のインドはどこにするのか、もう一度マナリからレーかダージリンもいいか。旅は行き先を考えるところから始まっているのだ^_^。

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