« 我回到日本了(日本に帰国) | トップページ | Best season.Best time »

2019年3月 1日 (金)

A journey to the end

タイトルは「果てへの旅」を英訳したが、ここでの「果て」は「end」と少し二アンスが違う。
40767a2fc70a49519fb01a8e13ff9d41
(写真は2011年。コルカタからインドール。コモリン岬などを散歩した)

ここでの「果て」は「宇宙は(果てしない)」というような感じで用いた。つまり終点endゴールがない旅のことだ。昔、情報誌に旅エッセイを連載した時のタイトルも「果てへの旅」だった。
人生は生まれ逝くまでの時間のことだ。
その時間の経過と共にいろんな事をしたくなる。そのしたくなる事はその時の目的になるのだが、それは人生過程の目標であって人生の目的とはちと違う。ここでの目的とは「生きる意味」と言った方が分かりやすい。しかし、生きる意味はこの歳になってもさっぱり解らない^_^。
そこで仏教を紐解く。
前世、今世、来世があり、地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天上の6つの迷いの世界、「六道」を生まれ変わり死に変わりします。車の車輪が同じ所をぐるぐるぐるぐる回るように果てしなく生死を繰り返すので、「六道輪廻」といわれているのだそうだ。これではたどり着く所がないから「果てへ」となる。
インドの聖地ヴァラナシでは死者の焼かれ灰をガンジス川に流すと、輪廻からの解脱を得るらしい。この「解脱」が人生の「目的」だから現世での「解脱」は超難しい。それで死後遺灰をガンジス川に流してもらえばその目的が自動的に達成される事になる。随分と魅力的な話だが、
禅宗がある。
禅はサンスクリット語の dhyāna (ディヤーナ)の音写、禅那(ぜんな)の略だ。仏陀はインド生まれのインド人で悟りを開いたお釈迦さんである。この仏陀の教えがいろんな思想を生み壮大な宇宙論まで「果てしない」のである。
そこで坐禅を組んで自己と対峙する。坐禅の「坐」は「土」の上の左右に「人」と書いてあるので坐して黙して心の中で対話することになる。こちらの方がシェークスピアぽくてわかり易い。ヴァラナシではハムレットのように「 To be or not to be......to die to sleep」と自問してみるか^_^。

|

« 我回到日本了(日本に帰国) | トップページ | Best season.Best time »

初代 南雲海人」カテゴリの記事