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2018年5月26日 (土)

all is well

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わが巡礼の旅は国内でも続く。
(写真はスペインはバスク地方ビルバオから電車でゲルニカに行った時に撮影した)

大学時代の友人でいまもごくたまに連絡を取るのが3人いる。藤枝東のサッカー部にいたM君は中央大卒業後ふるさと焼津に戻り役人になり、いまも藤枝東シニアサッカーをしている。彼のサッカー仲間に筑波大(旧東京教育大)を卒業したHがいる。彼もMも学生時代に大阪に遊びに来ている。おいらは焼津の祭りに参加したことがある。19歳だった。その後、Mの結婚式に参加した。それ以来彼らとは会っていない。
静岡には音大卒のNがいる。
彼とは国立に暮らした時に友だちになった。当時のNはサックスを吹いていた。ジャズの楽しさは彼から学んだ。音大の教室に入り、もぐりで授業も受けたことがある。音大女子にラブレターを代筆して送ったこともある。音大学園祭では単車に3ケツして学生たちを国立駅までの送りを担当した。駅前の交番のおまわりさんから注意を受けたがおとがめなしだった(^O^)。
いつだったか静岡で駅前旅館を営むNの実家に泊まらせてもらったことがある。それから数年後Nの父親は旅館を取り壊しマンション経営を始めた。当時健在だった彼の父は過日100歳で大往生を遂げたとの連絡があった。
東京は早稲田大学裏に戸山ハイツが在る。
この団地にはシナリオ作家Oがいる。彼とは18歳からの友人だ。当時大学の授業はほぼなく革マルがクラス討論などを開催していた。われらはそんなものに参加せず、映画上映会で飲み代を稼いだり、大学近くの居酒屋では飲み逃げもした。この飲み逃げの話は前にも書いたのだが、こうである。われらは西門ちかくの居酒屋に入って酒を飲んだのだが、お互い相手の懐をあてにしていた。飲んだあとお確認すると、お互い持ち合わせがなかったのである。そこで逃げることになった。最初は足の遅いOがタバコを買いに行くと告げて店を出る。そのあと、おいらが全力で駆けた。振り返るとニの字ニの字の下駄の跡。雪が降っていた。われらはバンカラぽく下駄を履いていた。
この話には続きがある。
飲み逃げのあとの夏、この居酒屋に再びOとビールを飲みに入った。ほとぼりは冷めているだろうしおばさんも我らを忘れていると思っていたのである。
おばさんは気づかないようだった。われらは生ビールを飲んだあとお勘定をする。おばさんはニコニコ優しい笑顔でやってきた。
「学生さん、これは今日のぶん、それとこれは、この前の料金ね」
来月は彼らに会いに行く。思い出話しはそれぞれの思い込みと勘違いが錯綜して新しい笑い話になる。ほぼ半世紀前に体験経験したことはそれなりのカタチになって残っているのだが、そのカタチも時とともに変りながらもどこかに原型をとどめている。それが酒を飲んでいる時にふと見せる友人たちの笑顔であったりする。姿形は違えども、てなとこころだろうか。
この国内巡礼の旅を終えたあと海外に出る。国内には新しい基地が地方都市に出来たが、たっぷり暮らすには時期尚早だ。旅する気力体力が失せてから、ここで「正式」な「隠遁生活」に入る。それまでは「パンクでありたいパンクで生きたい」by二代目Punk五十嵐。彼のように明るく元気に気持ちよく旅を続けたい。ALL IS WELL!すべて良し!これを唱えていれば「きっと、うまくいく」となるのであります(^O^)。

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