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2018年4月24日 (火)

Local life

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日本ライフは隠遁生活でもある。

街というのは人と同じで「個性」がある。例えば、シンガポールを訪れた時にシンガポール在住の弁護士ポールが「ここは清潔な北朝鮮だよ」と言った。シンガポールにはいたるところに防犯カメラが設置されている。ガムは販売禁止など細かいところまで法律で規制されている。
世界中で行きたくない国のひとつがシンガポールだった。
これはには学生時代の恨みがある。70年代シンガポール政府は長髪者の入国を禁止していた。入国するには髪を切らねければならい。そんなアホな!てなことを当時のシンガポール当局は行っていたのである。
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(写真は学生時代の南雲である。1972年.沖縄ー台湾ー香港ータイを旅したあとシンガポールへ向かおうとしたことがある)
時代とともに人も街も変わる。
日本ライフを始めたこの地方都市はのんびりのどかで清潔で人々は従法精神にあふれていた。人々は車の往来のない時でも信号を守る。信号無視をすると犯罪者を見る視線が突き刺さる。もっとも、寿司屋でタバコを吹かす客がいた。そんな客はシンガポールでは逮捕されるだろう(^O^)。
大阪で生まれ育ち学生時代は東京で過ごしている。
地方都市というものは旅先で訪れるだけであった。いま、その地方都市で日本ライフを送っている。なんで?!と問われ自問自答しても、なんで、だろうと思う他ない。答えようのない質問というのがあるようだ。
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(写真は大阪バブル時代。毎晩ミナミやキタに通いおもしろく過ごした)
この時代の街は何でもありだった。なにをしても良心の呵責というものがなかった。バブルが弾けて初めて人々は不道徳なことをしていた、金満で下品だった、と使えるカネがなくなり大いに反省したのである。おいらも反省した。そして改めて海外取材をすることにした。
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世界各地を訪れた。内戦前のスリランカやハリジャン(神の子)と呼ばれるインドの被差別カースト村も訪れた。そこで感じたのは、自分はパッセンジャーにすぎない、ということであった。自分とそこで暮らし生きていかねばならない人たちと全く違うのだ。リポートを書きながらな、こんな記事は彼らにとってなんの役にも立たないと感じた。イスラエルでアウシュビッツ生存者をインタビューした時にそれは決定的だった。
このような仕事はおいらには無理だ。やがて海外取材は旅エッセーのカタチに変えていった。そして日刊スポーツでは「世界の下半身」(ポルノ)を連載することになる。これは最初こそ難儀したが3本目ぐらいからはスムーズに気持ち良く書くことが出来るようになった。童貞からセックス巧者になったようなものだ(^O^)。
さて、日本地方都市隠遁ライフ。
ここでは「生きる」ことより「生活」である。生き方より生活の仕方を学ばねばならない。つまり、人を信じ快活な人になることだ。これは裏を返せば「鈍感」になることでもある。先鋭で感の強い老人はコスモポリタンでしか生息できない。
ともあれ、隠遁生活は長期に及ぶと老いぼれボケちまう。そうならないためにも旅だ。6月はセブでボクシング合宿をしてバンコクに飛びムエタイジムに通う。それまでに膝腰を完治させないといけない。この街には老人向けのなんとか「健康館」がある。そこのプールで水中歩行リハビリをするか。いよいよおいらも百鬼夜行の一員だ。ヤダねえ。


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