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2018年2月 2日 (金)

Never Let Me Go

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写真の小説だが読後ブレードランナーを思い起こさせた。

丁寧に描かれた「人間」関係の物語であるが、ラスト近くになってネタバレをしている。主人公の語り部や、その中間たちが臓器提供用の子供たちだった。この結末を分かった上でも再読に耐え得るのは作者の巧さである。本文にもあったが「作品は作者を物語る」し「作者の内部をさらけ出す」のであろう。
さて、過日サッカー部の新年会があったとメールが届いた。
そこで同年でトップをしていたNSNOが癌摘出手術をした。そして彼は同じチームで左のバッグを守っていたNIKSに、一緒にプレーできて幸せだった、そしてGKをしていた俺のことを上手かったと褒めたそうだ。そして、余命3年だと告げた。彼は酒屋の息子で当時のテレビ番組「親父万歳」に家族揃って出たことからアダ名がオヤジ万歳になったことがある(^O^)。
これまでサッカー部時代の先輩や後輩のなかにも逝ってしまったのがいるが葬儀には参列しなかった。すれば、そこで彼らの死を現実として受け入れざるを得ないからだ。便りで知る分には実感がない。まだ、どこかで元気にしているのではないかと想えて寂しくはならないのである。
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写真は中国ベトナム国境。河口は1997年に訪れた町だ。当時の河口には高層ビルはなく迷路のように入り組んだ市場があった。中国は確実に地方を経済発展させているように見えるが、それはあくまでも見える範囲である。見えない部分は97年当時と変わらないようだ。写真を送ってくれた人物によれば市場はビルになり二階では売春が行われているとのことだった。値段は97当時と同じ150元ほどだとか。
97年にこの河口を一緒に訪れた学生たちは、いまでは父親になっている。昆明までの帰りの電車で怖い話をし合っては怯えた連中がパパである(^O^)。もっとも、おいらは年齢からいえば爺さんだ。そろそろ潮時だと思ったりもする。問題は潮の流れをどのような方向に向かわせるかである。
今のように冬は南国でムエタイジムに通い昼からビール。春と秋は日本でゴルフ。夏は欧州でおべんきょう。このようなスケジュールを支えてきたのは体力気力だ。しかし、それもやがて衰える。そのための準備は今のうちにしておかねばならない。羨ましがられる人生を送ってきたつもりだが、本人は当たり前だが羨ましくはない(^O^)。もっと他におもろいことがあるのではないか。いつもそう考えているのだ。その中の一つにインド映画にエキストラで出たい、とか。再びリオに戻りトニーとして暗躍する(^O^)とか。
ともあれ、みなさん、おいらがポテチンするまでは、Never Let Me Go (^O^)。


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