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2018年1月29日 (月)

My life as a........

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ムエタイジムに通って2週間が過ぎた。

途中、膝内側を痛めたが、それでも続けているのは動いて発汗しないとビールが美味しく飲めないというのが最大の理由である (^o^)。タイのビールは安くてうまい。かつてはタイにクロスターという名品ビールがあったが、廃番となり、今はもっぱらChang Beer を愛飲している。
バンコクでの生活はシンプルである。
朝7時起床、テレビニュースを見ながらコーヒーとヨーグルトの朝食をとり、9時にジムに着く。ジムでは縄跳び3分3R。シャドームエタイ。ミット打ち3-4Rをこなす。こなすといっても楽にこなせているわけではない。なにしろ昼からビールを飲み続け夜はウイスキーソーダーかウオッカトニックをガンガン飲んでいるわけでミット打ちが終わればへたれ込む。この時ばかりは酒をやめようと思うのだが.....シャワーを浴びたあとにはそのこともすっかり忘れビアタイム。これは最早アルコール依存症といっていい (^o^)。
以前「ドラッグ街道をいく」というタイトルでホームページ(現在ホームページは廃棄した)に連載したことがある。
タイのことも書いた。その内容はタイステックと呼ばれていた大麻の話である。1970年代のタイの大麻は竹籤と糸で巻かれた大麻がステックに見えることからそう呼ばれたのであろう。
で、現在のタイではヤーバとよばれる覚せい剤の錠剤が流行していた。アイスと呼ばれる純度の高い覚せい剤そのものは値段も高いので若者達は安価なヤーバを服用してはバイクで暴走したり、クラブで踊りまくるらしい。
朝のニュースでもヤーバなどの薬物摘発シーンがよく流されている。
70年代に初めてタイを訪れた時のドラッグといえば大麻とヘロインだった。当時はベトナム戦争中ということもありヒッピージャンキーが多くみられた。
さて、わが人生、これまでのことをなぞれば、どのようなものだったのか。肉体からの欲求を尊重したあまりジャンキーになった時期もあった🤭もっとも、それは正しいジャンキーであったようで朝から晩までCKをキメて小説「コカイン」を書き続けた。リオでの1年は今も鮮明に覚えている。
時は過ぎ、今はドラッグに興味もなくなり、肉体からの要求もない。だからといって理性が支配しているわけでもない。つまり本能的にジムに通い汗を流しビールを飲むだけのことだ。このような生活を続けられなくなった時「my life as a dog」になるのだろうか。できれば犬と共にのんびり暮らしたいと思っているのであります。
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