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2017年12月 7日 (木)

minimalism

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この英語は断捨離とは違うが、最小限度の生活をするという意味で断捨離に近い。

ガキの頃は欲しいモノが次から次に現れた。あれもこれもそれももっともっと欲しい。それがいつだろうか頭のなかで物欲が倒れる音がした。パタリ(^O^)!これで脳構造が変化したのだろう。タイトル通りの生き方を目指すようになった。前にも書いたが、マザーテレサは僧衣2枚とバケツ1つでいいと申された。
人生には潮時がある。
Shoud I stay Shoud I go。
何事にも決断を求められる。その連続が人生である。わが人生を振り返ると決断したというより奇妙な出会いが進路を決定したように思う。ある時からこれがしたいという思いがなくなってしまったからだ。これは初恋の失恋が原因だった。そして、なにもしたくない時間が4年続いた。ココロが漂流していたにもかかわらずなにやかやと忙しく経済活動(^O^)はしていた。そんなときに初恋の彼女から電話をもらった。娘とホリデーアイスを見るために大阪に来ている、ホテルのBARで会えないか、ということだった。是非に及ばず(^O^)。タクシーに飛び乗った。車中からみた10分ほどの街のネオンは走馬灯になっていた。
彼女とは19歳から6年間おつきあいをした。
「変わらないねえ」「おばさんになったわ、娘は小学校よ」この挨拶の後からは何を話したのか覚えていない。ラストオーダーが告げられた。
閑散としたホテルのロビーを2人で歩いた。タクシー乗り場に来たときだった。
おいらは彼女に問いかけた。
「なんで、別れたんだ?!」
彼女はすこし間を置いてから明るい笑顔を作った。
「魔が差したの」
この言葉は瞬間冷凍されて床に落ち砕けた。帰りのタクシーの中で、ばいばい、ばいばいあげいん、と口から出たのである。
後日学生時代の友人であるシナリオ作家大澤に電話した。
「映画を撮ろうと思う」そして、シナリオの話を始めたのだった。その作品が映画「ばいばいあげいん」になった。
そして、いつの間にか日刊紙で記事を書くようになり、フリーになり、リオで処女作「コカイン」を仕上げた。人生は先が読めない。それがおもしろいのだが、そろそろ潮時だ。
最小限度の生活をするとういのは思い出も最小限度でなければならない。
それにしてもこの部屋には思い出が多すぎる。これは不幸でもある。思い出は脳というスクリーンに映されたリバイバル映画にすぎない。そんな事があったのか、いや、そのような思い出は存在しなかった。あれはただの映画だったのだ。
断捨離中に出てきた「ばいばいあげいん」のネガフィルムやアフレコテープ。ええい、未練じゃ!捨ててこましたれ!(^O^)。だって、こんなもの残した所で誰がありがたがるというのだ。
かくして、わが断捨離はまだまだ続くことになるのであります。bleah

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