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2017年10月13日 (金)

SNS or Action

India
20年ほど前になる、インドのアンダーマン諸島で出逢った青年(当時)から送られてきた絵葉書。今は50代だろうか(^O^)。

最期にインドを訪れたのは2016年11月である。旅行代理店の大麻(おあさ)豊さんから「ポンドシェリーは南雲に似合う」といわれたので行った。1週間ほど過ごしたところでギックリ腰になった(^O^)。ビーチでのジョキングは足腰にかなりの負荷がかかるのである。
インドの面白さは街や場所によって全く違う国に見えることだ。
北はラダックやヒマラヤから南のコモリン岬。ニューデリーやバラナシにコルカタ。聖地に俗世界。ガンジスでは聖なることと不潔は関係ないことも知った。また、インドで出逢ったガイジンや日本人にはおもしろい人が多くいた。
そんな人から写真の絵葉書が届いた。送り主は欧州人で白人である。いつもアロハシャツを羽織り胸ポケットにはガンジャのジョイントを忍ばせていた。彼とバスで島のダイブスポットに行ったことがある。彼もおいらも熱帯魚に興味はない。30分ほどで飽きた。そしてバスに乗り込んだ。最後部座席にはわれわれとガイジンが3人。彼らにもジョイントを回した。バスの運転手は陽気なインド音楽を流してくれた。われわれは揺れるバスでインド音楽に合わせ左右にゆらゆらヘラヘラ笑いながら街に戻った。
絵葉書を送ってきた人はインドにいる。彼もたまにインドに身を置きたくなるらしい。このような絵葉書を見るとインドに行きたくなる。
Photo
(この絵葉書はフミボーからだ。彼女とはインドで出会いネパールで再びバッタリ。彼女写真家でケンちゃんという彼?!と一緒だった)
Photo_2
写真の彼はサイババに会うためにバラナシに来ていた。ハッシシをのべつ吸いすぎたのか(^O^)ちとおかしくなってガンジス川で瞑想するといい出した。このあと彼はどこに行ったのか誰も知らない....(^O^)。

2014年はGoaにいた。2011年はコモリン岬のアーユルベーダ病院に静養入院した。その前はアンダーマン、さらに戻るとスリナガールからラダックへのバスの旅。その度にいろんな人と出会う。いまはFBがあるので彼らの「今」を知ること出来るが、絵葉書を送ってきた欧州人はSNSをしていないと書いてあった。
ネットが普及して誰もが発信者になった。
おいらのSNSは(生存確認)である。数週間更新や投稿がなければ孤独死の可能性があると伝えてある。過日、TVで孤独死宅の整理作業を見て身につまされた。バラナシには死を待つ家がある。いよいよとなればそこに行くか(^O^)。それともチベットのお寺か。チベットでは鳥葬だ。ともあれ、わがインドは生と死が平然と並立している場所なのである。
インドに身を置くと妙に安心する。だからといってインドで暮らしたいとは思わない。インドは旅で訪れるのがいい、巡礼の旅の最後はガンジスの辺りで夕日をみつめながらポテチン。いや、ゴットファーザのラストかスカーフェースもいいなあ。
どちらにしても、枕元には「死」を意識しないといけない年頃である。それと同時に明るく元気に気持ち良く「行動」し続けねばならない。行動にこそ「生」を感じられるからだ(^O^)。

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