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2017年10月17日 (火)

Let the Good Times Roll

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人生は楽しむためにあるんだぜ。
(写真は昨年のXmasバンコク撮影by貿易商)

こう教えてくれたのはリオ時代に取材したフェーベーラーのファミリア(マフィア)からだった。彼は何が起きようと「イーソイミアビーダー」(ポルトガル語でこれは我が人生さという意味)を連発した。
90年代のリオでは週に300人の殺人が起きていた。ファミリアどうしの抗争である。彼らは「戦場」にいたのだ。だから人生が永遠に続かないことを肉体から学んでいたのであろう。それでも楽しむことにかけてカリオカ(リオっ子)の右に出るものはいないだろう。
落ち込んだとき彼らを「取材」した日々を思い出す。
そうすれば、何事も大したことなく(人生は楽しむためにある)のだとニンマリすることが出来るのである。
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友は励ますために存在している。つまり励ましてくれるのが友だ。リオのファミリアは友ではないし、写真の「女たらし」Tシャツのタイ人も友ではなが、出逢ったことで励ましてくれる存在になった。
友とは現存しなくなっていても思い出の中に生きていれば「友」として「存在している」のである。
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写真のようなBARに身を置いていると先に逝った友が現れてくるのである。
「今夜もゴキゲンだな」そうでもないよ、酒に弱くなった、老いぼれたよ。
「リオの話をよく覚えているぜ」あの頃は、朝から鼻からキメてぶ飛んで原稿を書いていた(^O^)。
「セーリングはどうだ」ヨットは売り払って、今は友人のヨットで2年に1度海に出るぐらいだ。
「女はどうだ」最期の女にすっかり生気を吸い取られたようだ(^O^)。
「てことは人生の全てをやり終えたわけだ」そうかもしれないな、最近は何をしたいのかさっぱり分からなくなるんだ。そこで読書するだろう、そこには、そんなことを考えてはダメだと、あるんだ。イヤになるよ。
「そいつは重症だ。いいかい、人生は楽しむためにあるんだぜ。Let the Good Times Rollてことさ」
いいなあ、そっちは、毎日楽しそうだな。
「冗談じゃない、こっちは色即是空でなにもないんだぜ、なにもない世界なんだ、想像できるかい。こうしてたまに脱走して出てくるのが唯一の楽しみさ」
ここで夢から覚めた。二度寝はいかんねえ(^O^)

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