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2017年9月 9日 (土)

My Decadence

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堕落(デカダンス)の逆は「更生」だそうだ。
(写真はインドで売られていた薬(^O^)のパッケージ)

堕落状態とは生活規律が乱れ品性が卑しくなるらしい。確かにこれは良くない、が正しい堕落もあるのではないか。
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卑しい品性の持ち主であってもそこいらのブランド物で着飾ればセレブに見える。品性とは内面のことである。
(写真はハバナはナショナルホテルのBAR.マルガリータが500円ほど。ハバナではコカインが1g5000円ほどで売られていた(^O^))
わが堕落論は健康的堕落である。
酒もドラッグも健康でなければ楽しめない。そのために体を鍛えるのだ。ボクシングやトレーニングをしていると、どこをめざしているのか、と質問されるが、めざすところはない、ただハイになるための準備でしかないし、酒を美味しく飲んで酔っ払うためである。何度も書いたが「行動」目的は「快楽」である。
快楽は快適で楽しい状態だ。
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巡礼の目的の1つに快楽がある。もっとも快楽の量は加齢に伴い少しでいいが質は高いものを求めるようになるようである。
(写真はメキシコ・シティのコロナビール直営店。現地では散策&昼からビール生活)
わが堕落論は狂人になることではない。意識的に堕落するのである。つまり、堕落そのものを楽しむことである。何事も同じことを繰り返し続けていけば「生活規律」が乱れたことにはなるまい。例えば、覚醒剤中毒者はどうだ!?彼らはの生活規範は毎度同じ(常習)ルーティンで快楽を得ているではないか。だが、彼ら全てが堕落しているのではない。ジャンキーのなかには素晴らしい曲や小説を残しているのもいる。問われるのは堕落した生活規律などではなく才能があるかないかだ。
アル中であれジャンキーであれナイスな音楽活動を行い優れた作品を残した人はいっぱいいるではないか。だからといって誰もがアル中になりジャンキーになってもそうはいかない(^O^)。
過日、「大麻」という単語から「怖い」と反応されたことがあった。これは日本で法律違反になるから逮捕されるのが「怖い」ということだと理解した。欧米の一部では大麻解禁されているところが増えている。だからといって、日本も解禁せよ、の側に属さない。悪法も法だ。
堕落するというのは怠け者になることでも、犯罪者になることでも、狂うことでもない。あくまでも人間内面の問題なのである。職業性別年齢を問わず人の内面に「堕落」がある。
わが堕落の最たるものは、ものを書かなくなった、ことである。内面から湧き出るモノは枯れ、頭に降りてくるモノもなくなった。
酔った時に書きかけた小説原稿を読み返すと、実につまらない。だからといって自暴自棄になってアル中になろうとは思わない。才能がないだけだ。
何度も書くが堕落は表面ではなく内面のことだ。
堕落は見えないのだ。だから生活規範が乱れた人を堕落した人と指差すのであろう。また品性が卑しい人だという。それはただ品性が卑しいつまらぬ人物のことで堕落しているわけではない。
堕落は人間の奥深いココロに在る。
坂口安吾の「堕落論」を読み返すと堕落は自然な生理のように思われ「更生」する必要もなく救われた思いがしたのであります(^o^)


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