« 我在曼谷 | トップページ | summer homework »

2017年7月17日 (月)

email from Ukraine

Punkjpg
二代目ことPunk五十嵐がウクライナにいるとメールが届いた。
(写真は1997年香港が中国に返還された時に撮影されたものだ.撮影by川西カメラマン)

「ウクライナの英語普及率はタイと同じぐらいですね。物価は通貨下落でタイよリ安いです。雰囲気は東欧全体に言えることですが、元共産党一党独裁の悪癖が残っていて鉄道職員や公務員の態度がサイテーです。庶民は笑顔は少ないけどフレンドリーで優しい人が多いです。ジャークユ(ありがとう)と応えると、みんな微笑みます」
Punk五十嵐は冬に訪ねようとして果たせなかったクラフト(アウシュビッツのある町)に行くつもりだそうだ。彼のおもしろさは各国で風俗スッポトを探訪しながらも、見ておくべき場所に立つことにある。
おいらはアウシュビッツ収容経験者A-19944(腕に入れられた入れ墨番号である)をイスラエルで取材したことがある。その一方で日刊スポーツでは「世界の下半身」を連載していた。
世の中の物事には悲劇も感動もエロスも人間を超えることがないからである。例えそれが残酷であれ人間がしでかしたことだ。
アウシュビッツも原爆投下も「人間」が行った。またマルキ・ド・サドのような人物も存在した。人類には神も悪魔も混在しているのである。
Img_0699_2
Punk五十嵐は人が営むところには必ず風俗があるとの確信を持って世界を旅している。その意欲が南米のパタゴニアからモンゴル草原へと向かわせた。彼は以下のような事を書いていたことがある。
「クラッシュの名盤「白い暴動」が世に出たのは1977年。しかし「白い暴動」は今聴いてもPunk精神を掻き立てられる。その後1980年代に入ってからは様々なハードコアバンドが登場した。
そんなバンドの一つであるGBHと言う最高にイカしたバンドの名がオレの革ジャンにペイントされている。彼らは今でもPunkとして生きている。そう考えるとオレはまだまだひょっ子。彼らに追い付けるようにこれからも下半身とPunkをやり続ける事にするぜ」
今回もPunk五十嵐はウクライナの首都キエフで探訪したらしい。
「現地は2000フリヴニャ(72ドル)が相場ですが、1600にまけてくれました。しかし、相手のあまりの可愛さに400はチップにして返しました。これまで世界各地を旅して、いろんなギャルと接しましたが、今回のウクライナギャルは過去最高だとおもいます」
何度も書いたが人類最古のビジネスは売春だそうだ。ビジネスはそれに関わる全ての人がハッピーで成立する。
「ただ、東欧は喫煙率が高いんです。ヤニ臭い女には閉口します」
Punk五十嵐は97年海南島で禁煙をした。
おいらもそうだが喫煙者が禁煙者になると喫煙者を「憎む」ことになるようだ。寿司屋などでタバコを吸うやつがいたら即店を出ることにしている。もっとも他の煙には寛容ではあるが(^O^)
さて、昨年2016の(夏休み)はマドリッドでスペイン語のお勉強をしていた。マドリッドではBarcelonaで(同窓生(^O^))だったルイサやアントニアと再会を果たした。
Img_0905
行きつけのBARでは愉快なスペイン女性と知り合いDDを紹介してもらった。
商品はそれほど上質ではなかったが、50ユーロでハバナと同じ値段だった。商品も同じ包装紙である。卸元が同じなのだろうか。
また、地中海沿いのマラガにも足を伸ばしシーフードタッパスと白ワインを堪能した。
ウクライナだが物価が安く美人が多いのは結構だが、肝心のビールや食事はどうなのだろうか。Punk五十嵐に聞いてみるか(^O^)

|

« 我在曼谷 | トップページ | summer homework »

初代 南雲海人」カテゴリの記事