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2017年4月20日 (木)

My illusion

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例えば、現在から過去を捉え、何かを引き出すことができるのか。
(写真は昨年4月のHavana)

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ガキの頃、どのような「理想」を持っていたのか。仮に「理想」を持っていたとすれば、その後の自分にその「理想」がどう影響したのか。TVワイドショーで取り上げられる人たちのことだ。彼らに共通しているのは「欲望」である。彼らは仏教書は読まない(^O^)であろうから解脱のなんたるかを知らないし、知ろうともしない。全て自分に素直な「欲望」のままに生きてきたのであろう。女詐欺師に出資した連中も素直に自らの欲望に従ったまでだろう。
それにしても出資した男たち、何年も男をやっていても女のあざとさには気が付かないようだ。歳を重ねていくと男はうすうすであるが自分の本来の気質に気づいてくるものだが、連中は何年も続けていても気が付かない。それでもこのような目に遭うと自らの「欲望」に気がつくはずだ。不倫政務次官の場合はそれが「性欲」だと合点するだろう。
ニセモノに楽天性はない。深刻で真面目な顔をしている。中川議員もまた詐欺「被害者」と同じように自分を変えるには遅すぎる。
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さて、日本ライフはゴルフである。古くからの友人に(ゴルフをうまくなりたいのか)と尋ねられた。なりたいが、そのためには努力が求められる。練習場に通い真剣に練習する。このような現実主義は老人の腐った暮らしだと思うからたまにしか通わない(^O^)。
本番のゴルフでミスショットをする。練習していないから当然で、その場で解決出来ない問題である。だから悩むのは神経の浪費だ。わがゴルフは散歩と景色を楽しむことになる。つまらない愚痴を垂れたり聞くより幻覚を見たり夢想する時間を大切にしているのである。
わが幻覚だが、かつて体験した幻覚と現在の幻覚では違いが顕著である。それは現在の肉体精神経験の反映である。幻覚も加齢と共に変化する。ガキの頃に見た夢と同じで大人になると夢も変質する。感じ方も異る。幻覚すらつまらないものになる。もっとも、こうして長生きすれば幻覚も生きる理由も死ぬ理由もそれほど変わらない。
肉体は衰えていくものだし、老醜はけち臭いニオイがするものだ。ヤダねえ。
かくなるうえは好奇心と冒険心を鍛え続けるほかあるまい。
そろそろ巡礼の旅に出かけるか。そして旅先では映画「ワンス・アポン・ア・タイム イン アメリカ」のラストシーン。デ・ニーロのようにニンマリしたいものであります(^O^)

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