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2017年3月 8日 (水)

Dentist

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世の中で歯医者ほど嫌いなものはない。

ガキの頃、歯痛になった時のことである。おいらは小学低学年だった。母に引きずられるようにN歯科に連れて行かれた、が、途中の電信柱にしがみつき泣きわめいた。得もしれぬ恐怖に襲われたのである。やがて泣き疲れ果て半分気を失って治療椅子でぐったりした。治療は拷問のようであった。
この時から歯科を怨み恐れるようになった。もう二度と歯医者にかかるまい。幼心に決意をした。その決意は朝昼晩食後での必死の歯磨きになった。おかげで中高大学時代は歯医者と無縁だった。
歯医者に世話になったのはリオで1年過ごした後になる。
椎間板ヘルニアで入院したのち道後温泉病院に転院した時だった。総合検診があり歯もチェックされたのである。歯科医は「なんでだろう、歯茎が随分と痩せてるね、このままでは歯槽膿漏になって歯が抜けてしまうよ」と脅された。そして「いま治療しておいたほうが痛みはすくない」と誘惑してきたのだ。誘惑には弱い。思い切って治療を受けることをしたのだった。治療は記憶していない。笑気ガスの効果で怖くも痛くもなかったのであろう。この笑気ガスが好きになった。べつにゲラゲラ笑うガスではない。背中が少し暖かくなり妙にリラックスできるのである。
この入院中の歯茎治療の10年後になるだろうか。
人物取材したなかにフランス料理店を経営しようとしていた歯科医がいた。彼は愉快な男で、格闘家を目指したこともありながらも手先を細かく使うのが好きで歯医者になったのだそうだ。
その彼に歯全体検査をお願いした。歯並びも加齢によっておかしくなるし、歯茎も痩せてきたからである。リオ帰りの歯茎の痩せは、白い粉を毎日にすり込んだからである(^O^)
さて、歯のチェック&トリートメントは手術室をあてがわれた。そこだと笑気ガスが自由に吸えるからである。しかも、診察終了時間外からぶっとうしでチェックしてくれた。歯科衛生士も可愛い娘さんで長い治療時間も楽しいものであった。実はこの歯科医と歯科衛生の娘さんとはデキていたのである。それだけならばまだいいのだが、同じ治療室には歯科医である奥さんが勤務していたのだった。
そのことを歯科医から「告白」されてからは治療より歯科夫婦の愛憎劇を観るのがたのしみになり、歯の治療はどのようなものだったの忘れるほどであった。この夫婦はその後しばらくして離婚された(^O^)
海外でも歯科医にお世話になったことがある。
オーストラリアでカニかエビを食べたときに殻で歯茎を傷つけそこに菌がはいったらしく腫れた。幸いゴールドコーストには日本女性の歯科医がいて即対応してくれた。料金は高かったように思うが海外傷害保険でカバーできた。
歯の治療が怖い。無抵抗のまま口を広げられ、歯茎に注射を打たれ、ドリル音と衝動が頭のテッペンまで響く。しかも、近所の歯医者は懇意でないから、笑気ガスを吸わせてくれない。にもかかわらず、年に2度歯垢取りをしてもらう。このようなメンテをしていれば歯痛とかになる確率が低くなるそうだ。
今回は奥歯の詰め物が取れ、歯が少し欠けていたので新しく作成した詰め物を入れてもらうことにしたのである。が、しかし、そのさい、欠けた奥歯部分をドリルで磨かねばならない。ギーンとドリルの音が脳天を突き刺した。イタイかイタイ!。おいらの左手がドイツ憲法で禁止されてるハイル・ヒトラーぽくピンと伸びた。医者が驚いた。その驚きは、これぐらいで痛いとは、といった風の表情であったが、イタイものはイタイのだ。される側の痛みはする側には感じないのだ。足を踏まれた者と踏んだ者との違いだ!とはいわずに、少しイタイです、と、わざと情けない声で応えたのである。すると、医者はじゃ、しかたないですね。待ってました笑気ガスの出番だ、と期待したのがまずかった。期待は失望に変わるのが常である。
麻酔歯茎注射を打たれるはめになったのだ。おいらは注射針が口の中に入るシーンを見て気を失った。夢の中では映画「黒い雪」が再上映されていた。
歯医者との関係も年齢と共に大人の付き合いになると思われたが違った。昔も今もその関係は変わらない。ただ、この歯医者の近くに電信柱がないだけである。

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