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2013年6月26日 (水)

Take It Easy

雨の時間割は作文と家庭科にしている。

割り当てた時間に「自ら」決めた時間を過ごすのが「おとなの時間割」なのだが、サボりぐせがついたようで、こればかりは大人になっても楽しいものだ。だが、大人のサボりを続けると怠惰な日常になり果てる。自らの「人生」をサボっている大人はだらしない。
さて、過日、東京在住の学生時代からの友人に電話した。
書物に行き詰まると彼と話すと気分がほぐれるのである。大人の世界と逆の世界にいた時代を思い出すからだろう。
青臭い言い方をすれば、愛することの大切さを思い出すのである。それは自分というものが何なのか存在意義を問うことになるのだった。
これを、大人の言い方に置き換えると、老いると男は思い出の場所には戻らない、思い出の中に戻るのである、となる。
さらに追い打ちをかけると、この歳になって人生の意味を発見しても、もう手遅れだ、いまさら人生に興味はない、となる。
ここまで書くと、陰鬱な響きを与える。やはり青臭い言い方のほうが希望的である。希望的とは言葉にこもる「青春」の香りといっていい。それは新鮮で無知で純情であり野心を秘めた臭いである。それはやがて加齢臭に変質をとげ長針と短針が出会うように狡猾と不正義の時を刻むのである。
書きかけた短編がある。
タイトルは「ベトコンの領収書」である。
これはベトナム取材で知り合ったベトナム戦争を戦った大人と18歳の青年の話だが、ここでも青春と大人の対比を書いている。
何を善とし、何を悪とするのか。この物語は青春(若く正義感を持つベトコン)が(大人の政治に)敗北して終わる。
さて、東京在住の友人との電話を切る会話はこうであった。
「この先、どうするんだ」
「生きてるさ」


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