« 安静ライフ | トップページ | 思考と行動 »

2012年11月 2日 (金)

over and over

おいらの「コカイン」装丁はデザイナーイズタニケンゾウさんの作である。

彼のHPを見つけ、その作品群を眺めている。いつも感じることであるが、素晴らしい作品というものは見る側に作品が問いかけるようなところがある。そのトコロというのが芸術というものであろう。
ただし、芸術だからといって人を幸せにするとは限らない。不安を煽ることも、人生の無常を味あわされることもある。だから、どのような芸術作品であろうとも無条件に受け入れない。まずは好きな作品だけにしか近寄らないようにしている。
芸術も人が作ったものである以上、作者である人間という枠を超えることはないのだが、人並み外れた発想やその技量には驚かされる。
過日、飲み会で読みたい小説の話が出た。
同志は「プリズンホテル」を推した。活字のおもしろさは読み手それぞれの想像力にある。映画化やドラマ化されると、どこか違和感を感じるのは映画やドラマは監督の想像力であり、キャスティングされた俳優のイメージもどこか読み手と違うからである。
活字のおもしろさは読み出したら止まらないところや、読後の唸りにある。大げさに言えば一冊の本との出会いで人生観を変えてしまうこともある。だが、その小説が芸術作品ばかりとは限らない。
古本屋で見つけた本をめくっていくと伏線を見つけることがある。
元の読者がその文章に何かを感じたに違いないのだが、読んでみるとありきたりのセンテンスだったりする。学生時代に読んで感動した本をいま読み返すとどうでもいい作品に思えてしまうことがある。
さて、おいらのラスト小説だが、これはニューデール政策のようで、掘っては埋めるを繰り返しているのである。実に非生産的である。
南雲海人の処女作は「コカイン」である。書きたいと思っている純愛恋愛小説など書ける技量はない。リオでぶっ飛んで書いていた「感覚」を今一度おびき寄せてラスト小説に挑むのが正しい選択なのだ。
さてはて、いつそのような感覚が戻るのかは分からないが、こうしてブログを書きながら、自らを励ましているのである。

|

« 安静ライフ | トップページ | 思考と行動 »

小説」カテゴリの記事