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2012年10月18日 (木)

Satisfaction

ストーンズのI can't get no「Satisfaction」がヒットしたあとのインタビューに応えたミックがいい。

「経済的にSatisfaction(満足)しているし、性的にもSatisfactionしているが、哲学的には努力中だ」
ソクラテスだったか、哲学とは「死の学び」であるとの言葉を残している。
若い頃、死を学ぶことはなかったが、還暦を過ぎてから「死」から死とはなんだと思う、と問いかけられるのである。
そういう意味で、60歳を過ぎてからの人生というのは日常的にも哲学的である。つまり、これもまた人生から「人生とはなんぞや」と質問されることにほかならないのだ。
昨年の5月にJumping Jack Flashを降り、大阪帝拳ジムでボクシングを習い始め、ジムは通学先になった。
ここで学んでいるのは大袈裟に書けば、主張は生産的とする「学問」は非生産的でしかないという「哲学」である。
プロボクサーの若者たちは自分の力で自分の若さをしっかり掴んでいる。この事を彼らは意識したこともないだろうし、哲学的に努力することもないはずだ。ただ、リングにおびき寄せられて過酷な練習に耐え栄光を夢見るのである。だから青春はおもしろいのだ。
「60を過ぎたら南雲さんのような生活をしたいですわ」
このように言われることがある。いまの自分の生活がどのように映っているのか、鏡が曇っているから自分にはよく見えない。このような生活がSatisfactionなのか、不安なのか、それとも贅沢なのか分からない。
ただ、男は間抜けたところがあるので、いずれ再び同じ過ちを犯し、痛い目にあう。だから過去の経験は大切に保管しているつもりである。これが60過ぎの男の「哲学」であろう。
しかし、ジムで女性相手のスパーリングですら、同じ過ちを犯し、痛い目にあう。だから、おいらもミックを真似てこういう他ない。
「哲学的にもボクシングにも努力中だ」

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