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2012年10月12日 (金)

眠れぬ夜のために

という題名のキリスト教関係の本を読んだ。

哲学としての仏教書がおもしろいと感じるのは、壮大な宇宙観があるからである。だが、キリスト哲学の根幹は「愛」である。これが理解できない。だから読んでいてもナンジャらほい、となる。
おいらは母に「おまえはアホやから高校受験は失敗する」と断言され中学から高校へ「エスカレーター式」に進学できるキリスト教はマリア会が経営する明星学園に通わされた。
中学一年生全員金曜日の1時間目は講堂で開かれるミサに参加しなければいけない。
ミサは初めてのことだったので、その模様を母に「父と子と聖霊の名によりて、アーメン、と十字を切って声に出すんやで」と身振りを交え報告した。
母は「アーメン、ラーメン、冷ソーメンや」と笑った。
この神を恐れぬ母が一度怯えたことがあった。
おいらがフィリピンから帰国した時である。20代前半だった。寝ていると枕元に老婆が座っているのに気が付き目覚めた。
老婆はおいらの首から肩をさすっている。てっきり祖母だと思ったが、老婆は頭巾をかぶっているので顔が見えない。それでも老婆と感じ顔を覗きこんだら、シワのない青白い顔だった。
おいらは泥棒と勘違いして怒鳴った。すると老婆らしき人物がおいらの足元に立ち上がったのである。
おのれ!やる気か!この罵声に気後れした泥棒は窓から飛び降りて逃げていったのである。
母はおいらの声に飛び起き、おいらの部屋にやってきた。
事情を説明すると「アホかいな、窓の下はガラス置き場やで、飛び降りたら怪我しとるがな」と言い放ったあと、身震いした。
「おまえフィリピンから、えらいもん持ち帰ったんや」
母は青ざめ仏壇にペコたんと座り込み手をこすり合わせたのであった。
もし、母がこの時十字を切っていれば「眠れぬ夜のために」も「聖書」も理解できたかもしれない。
まあ、境遇というものは変えられないことが多いから、せめて見方を変えないといけないのだが、小さい頃から身にこびりついた仏教文化はそうおいそれとは落ちないものである。
おいらは「眠れぬ夜のために」を読んでは「アーメン、ラーメン、冷ソーメン」と唱えて眠りについたのであります。

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