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2012年10月29日 (月)

My Photograph

過日の飲み会で「写真」が話題になった。

おいらにはカメラ好きの伯父さんがいた。伯父さんは母の妹の旦那さんで薬剤師だったが、なんらかの事情で我が家で働いていた。伯父さんは眼鏡をかけ昼休みは読書をして、仕事が終わればビールを飲んでいた。こどもだったから薬剤師の伯父さんがなんでガラス屋で働いているの知る由もない。ただ伯父さんはどこか我が家に遠慮がちだった。
その伯父さんには子どもがいなかった。そこで、おいらが被写体になった。
伯父さんは8mmも撮影して上映会をしてくれた。
いまも記憶にあるのが海水浴だ。
おいらは近所の友だち、きよっちゃんと高石の砂浜で寝そべっている。きよっちゃんがむくと起き上がり、おいらのチンコを人差し指でパッチンをかます。おいらは驚き飛び跳ねる。きっよちゃんは笑って海に逃げる。おいかけるおいら。たったそれだけのショットだが伯父さんは「おもろいなあ」と微笑むのだった。
我が家にはカメラがあちこちにあった。
これは伯父さんのコレクションであろう。二眼レフからライカを真似たキャノン。おいらの初めてのパスポート写真も伯父さんが撮影してくれたものだった。
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おいらも伯父さんのカメラを借りて初恋の相手みっちゃんを撮ったりした。カメラのピントが合わせにくいので被写体に指を立ててもらったりしたあとシャッターを押すのである。
当時は写されるより、写したいのである。それだけ撮影するのが難しかった。露光計を用いシャタースピードと露出を考えなくてはならなかったのである。撮影するほうがカメラマン気分でカッコ良かったのだ。
おいらが被写体になった写真が残っているのはこのような時代背景があるのだ。カメラ撮影は伯父さんから習い、母には映画によく連れて行かれた。これらが大学で映研から映画製作をさせた源流であろう。
この頃になると「私にも写せます」などというCMが流され、簡単に撮影できるオートフォーカスインスタントカメラが売られ誰もがカメラマンになれるようになった。
おいらは取材をするようになってからのカメラはニコンFMからニコンF3になりライカM6を持ち歩いた。
ヨットライフ用にオリンパスの防水デジカメを購入したが、船を降りてから使っていない。
最近の撮影はもっぱらMacのPhoto Boothを利用している。これにはセルフタイマーがある。撮るのと撮られるのを同時に味わえ被写体になってくれた人に「おもろいなあ」と楽しみをシェアしている。


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