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2010年12月28日 (火)

生活VS生きること

ふと、思った。おいらは生活をしたことがなかったのではないかと。

つまり、いかに生きるか、そのことばかり考え実践してきたように思う。
いい、悪いの話ではない。生活することと生きることが対立する場合があるという話である。
片方で生活を確保して、もう一方で生きる。
おいらはそのようなことが出来ない生活破綻者である。 
このような生き方の行き着く先は海の藻屑か、狂い死にであろう。
生きたまま埋めてもらい仏になった空海には生活が無かった。あったのはいかに生き、いかに死ぬかであったのではないか。彼にとって悟ることは死ぬことになったのではないか。大義ある自殺だったように思える。
いま、ゆかいな仲間や愛しい人に読んでもらおうと書いている「話」がその日の感情によってスキップしたりこけたりする。
実に女々しい話である。だから男は「海の男」になりたがるのではないか。
海の男とは複雑なことを単純化する男のことである。おいらも海の男になろうとしたがバチモンである。
本物の海の男にもなれず、本物の物書きにもなれず、本物のトレーダーにもなれず、あるかないかわからない未来に未練を持つたりする。
ええい、こ世は夢ぞ!ただただ狂え!
なんて寝ずに考えた結果は単純であるのだが、ココロは複雑である。
でもね、この複雑なココロこそが生きること(エロス)でもあるのだ。
おいらは自分のココロのあるがままに生きようと決めたのであります。happy01

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