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2010年12月23日 (木)

忘年分科会 第二弾

昨年のこの時期は航海&呑んだくれていた

小説「コカイン」に書いたが、正月と祭りが苦手である。が、忘年会、新年会、Xマスであれ、愉快な仲間たちと集い飲むのが好きだ。そのくせ一人でモノを書くのも気持ちいい。
ようするに自分勝手なのだ。しかし、この1年はそうではない。自分より愉快な仲間や愛しい人が好きなのである。彼らがいるから、おいらが楽しくなれるのだ。
もし、仲間も愛しい人もいなければ、自分が存在していないのと同じである。人は一人では人になれない。
単独航海を続けられる人は人並みはずれた人である。つまり、単独航海中は人ではない。ここでいう人とは社会的人間の意味である。
ロビンソン・クルーソーは孤島で動物たちと暮らした。彼は生物学的には人間だが、人とはいえまい。
人とはなにか人生とはどういうものか。孤島ではいろんな事を考えたであろう。その時間は哲学者であり、求道者でもあっただろう。が、社会から疎遠された場所では人間は人となりえない。
人は喜怒哀楽以外に愛や大義を必要とする。それらは人間社会でしか得られないものだ。
だから人は大義や愛の為に死ぬことが出来るのである。
孤島での自殺は絶望である。この日本社会を孤島と感じ自殺したり、無差別殺人を犯す「人」がいる。彼らに決定的に欠如しているのが愛であり大儀である。それらがあれば自ら命を絶つことも、罪なき人を傷つけようとはしないはずだ。
最近は小説を書いている。愉快な仲間や愛しい人に読んでもらいたくて書き始めた。
モノを書くこと。おいらからそれを取れば、なにもないじゃん。そういうことだよね。
今夜も天満同志会忘年分科会。楽しかるかる。


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