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2009年8月21日 (金)

Osaka にて

ぼくは怒っていた。

自分でもどうしようもないほど怒り続けていた。政治腐敗からケチな詐欺師や嘘つきたちまで、ありとあらゆることに怒っていた。
友人の真井さんがガンで死んだ。
それが不条理に思えたからだ。いい人が早く逝き、胸くその悪くなるヤツらが「健康」で生きていることが許せなかった。道理に反している。それが怒りの理由だった。
ぼくは自分の怒りにも腹を立て、怒りをさらに大きな怒りへと発達させていった。怒りは悲しみを和らげるドラッグのように耐性が出来ていった。
航海中も怒っていた。訳もなく腹が立っていた。
Tiomanに着いて、ガンで逝った真井さんの妻からのメールを読んだ。
彼の妻からのメールを声に出して読んだら涙が出た。
ぼくの怒りは友人の妻や家族の悲しさに比べたら身勝手で幼すぎる。
真井さんと家族たちの闘病に比べるとぼくの感傷は安っぽい。
友人の妻のメールでぼくは励まされた。
ぼくは真井さんからのメールでガンは大したことがないと思えた。イヤ、そう思おうとした。
だからヨットで遊べば良くなるのではないか。そんな幼稚なことを想いlangkawiからメールを送った。
以下はその返事である。

お誘いありがとう。行きたいナー。
でも現在の体調ではちょっと難しい。行くからにはキチンと(?)遊びたいので…。
ここいらが日本人なんです。ハハ!
ボクの体に埋め込まれたポート(文字通り、港ですが、この港は抗がん剤を受け入れるための港)の具合が悪く、
近々再手術が必要になりました。たいした手術ではないのでご心配なく。に、してもちょっと今は無理。
とりあえず、この手術を期にリセットボタンを押します。もう何度目かのボタンですがこのボタンを僕はくたばるまで押し続けると思います。

ヨットはバイクで江ノ島に行くたびに見ています。僕は等身大のフネとしてR17という17フィートの安定性のいいデイクルーザーが欲しくなっています。このフネは新しい設計のフネでなかなかよくできています。いつもは陸揚げで、船を出すときは100キログラムのセンターボード(可動式のキールかな)をスルスルと船体中央から落としていくのです。
セール面積は小さめで安定していますが、船型もセールもモダンな設計で、スピードは悪くないです。ジブファーラーがついているので一人でも乗れるし、少し無理すれば5人くらい乗れる。どうです、等身大でしょ?
ジャンピング ジャック フラッシュ号の肢体もとても見て見たいけど。

南雲はこの2年間で両親と仲の良かった友人をなくしている。
同志会のT同志がなにかの本を読んだらしく「死ぬてことは、もうその人に会えない、てゆうことだと書いてありました」などと話しをしたことを思い出した。
確かに、生きている人間は死んだ人とはもう会えない。だけど、ぼくは真井さんのような陽気な闘病者のように陽気なヨッティになる。
Jumping Jack Flashが航海するときにはぼくの好きな仲間が同乗するのだ。もう二度と会えない友だけど、甲板やマストや後部オーナーシートにいるのだ。そう思えばいい。ぼくの目には見えないし、話しかけても応えてはくれないけど、ぼくの好きな友はそこにいるのだ。

真井さんの妻が書いていたように、これからも友だちでいるからには、悲しんでばかりはいられない。これからも、おもろい事をブログに書いていくよ。
真井さんが「散歩する象」の帯に書いたコピーを紹介する。
「過ぎ行く人は出会いと別れをくり返し、やがて、小さな物語が生まれる」


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