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2009年5月21日 (木)

竹内マリア独善理論

楽曲をいただいた博士によると竹内マリアは

「アラフォー女子の教祖ですのでぜひ研究を」となる。アラウンド40代、とゆう意味である。
知り合いの40代女性は「私はおサルの延長線上なのでペット感覚です」との返事。意味が分からない。
南雲が40代の頃は元気一杯で海外取材をしこたましていた。体力気力が充実していたと思う。そんな年頃に竹内マリアなんぞ聞くことはなかった。
そもそも、竹内マリアより竹内チエちゃんが好きだった。チエちゃんは北新地のホステスから漫画喫茶を始めた女である。竹内つながりでゆえばサイキックなんとかの番組を担当していた竹内さんを記事にしたことがある。
この番組にも出させてもらった。
南雲が書き下ろした戯曲希望の森の療養所の宣伝である。北野誠というパーソナリティーと番組担当のプロデューサーには見た瞬間から殺意を抱いた。
殺意は持つだけでは犯罪にならない。こんなことを書くことも、脅迫も特定できる相手が判明できなければ法律的にはなんら問題はない。表現の自由は懐が深い社会を保障するものである。中国や北朝鮮のような一党独裁国にはこれがない。表層だけで成立している社会は底が浅く、文化芸術は支配者の都合によっていコントロールされる。
話を過激に変える。
南雲には我慢ならない人物がいる。
1万円のスイカや千円のグレープフルーツを売る商人。こいつらは果物を仕入れて付加価値をつけて売る。だからスーツ姿で接客するのである。バブルを引きずり、年収ン千万円以外の客は来ないでとうそぶく。この店は「十九歳の地図」ではないが、地図にある店に印を付けて、そのうちバキュームカー攻撃をしたいと思うのである。
詐欺師も拷問してじゅっくり、なんでウソをつくようになったのか聞きたい。プールにいた無礼者オヤジは溺死させたいと思う。
話しを戻す。
竹内マリアを聞きながら、このようなことを書くのは、彼女の歌が米国ポップの猿まねであり、いわば、売国奴に対する嫌悪を持つからである。実にけしからん歌を歌う竹内マリアがアラフォーの教祖というのは、この国の40代が売国奴とゆうようなものである。もっとも売国奴といっても文化的売国奴とゆう意味である。
と、つらつら過激なことを書いてきたが、昼ビールを飲みながら竹内マリアを聞くと、肩の力抜けてリラックスします。これもアメリカ帝国の世界支配の陰謀ではないか・・・なんて、もう、ええか。
竹内マリアから反米愛国思想へつながるとゆうことを書きました。ごめんなさい。

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