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2006年6月19日 (月)

イーソ ミア ビーダ

クロアチア戦のあとジーコが「(勝てる試合だったが引き分けた)それもサッカーだ」とコメントしていた。

リオにいた頃ブラジル人の友人たちが「イーソ、ミア、ビーダ」(それが人生さ)とよく言っていたことを思い出した。
このフレーズは悪いことが起きたときに用いる。ブラジルと戦ったオーストラリアにも決定的な得点チャンスがあった。決める決めないが実力の差なのか。それとも違う要素が働いたのか。その要素は「ツキ」と呼ぶのだろう。
人生もそのようなチャンスがおとずれることがある。神様が微笑みうまく掴む人もいれば、悪魔が囁き惜しくも逃すヤツもいる。逃したヤツは自問する。あの時、こうしていれば。こーであったら。悔しがることは過去に生きることになる。
どんなことが起きても「イーソ、ミア、ビーダ」と陽気に受け入れる。そしてうまくいった時も「イーソ、ミア、ビーダ」と謳歌する。サッカーも人生も楽しむためにあるのだ。これからも大いに楽しもうではないか。それが人生さ。
 このように威勢の良いコメントで締めくくったが、人生はそれほど楽しいことがない。楽しくない状態が「楽しい」というような詭弁を使えば、わが人生は楽しいことになるのだが。しかし、楽しいとは何かよく分からない。コラムに詩人アランの言葉を引用した。「悲劇は単なる気分に過ぎないが、楽観は大いなる意志の産物である」ということになるのであろう。
楽しむには意志の力が必要となる。「意志の力」という言葉はヒトラーや三島由紀夫さんが好んで用いたようだ。とくに三島さんは「無意識なんてありません。全て意志なんです」と断言していた。ぼーっと過ごしている時間もおのれの意志から出たことの具体化である。意志の力を鍛えること。これがヨットライフを始めた南雲の課題であります。

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